2019年のコラム

   

今月のひと言

当社のコラム担当 「今が好き♪」 氏のコラムです。毎月連載します。

    
2019年 11月号 「トラベラーズチェック」New!
10月号 「睡眠時無呼吸症候群」
9月号 「町議会議員選挙」
8月号 「ビュッフェランチ」
7月号 「ガバちゃん」
6月号 「大岳鍾乳洞」
5月号 「人力車」
4月号 「歯科治療」
3月号 「競馬」
2月号 「東海林太郎」
1月号 「新元号」
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11月号 「トラベラーズチェック」New!

 この4月のこと。昔の『トラベラーズチェック』が旅行時のパンフレットと共に出てき
た。と言っても筆者ではなく家人が購入したもの。フランス通貨表示で額面200フランの
未使用券が11枚残っていた。購入したのは当時の三菱銀行立川支店で1995年、発行はア
メリカン・エクスプレス。この年の暮れ彼女は筆者の姉夫婦とその子供たちなど総勢6人
で8日間のパリ旅行をしたのだが、安全のためトラベラーズチェック(T/C)も用意したも
の。余談だが姉の夫君はソルボンヌ大学に留学経験がありフランス語に堪能。ツアーでの
旅行だったが現地の観光はすべて彼の案内であった。また、この年のクリスマス前後は幸
か不幸かパリ地下鉄がスト中だったにもかかわらず、地下鉄そのものは運行され、乗り放
題だったと聞いた。

 さて、余ったT/C。たしかT/Cは無期限有効で永久に使えるはずとは思ったが、24年前
の発行で、すでにフランスフランはユーロに移行し、とっくに使われていない。調べてみ
ると、EU圏内ではドイツ、スペインなど今でも旧通貨をユーロに交換できる国と、できな
い国があり、フランスフランは交換不能な通貨となっていた。これでは余った2200フラン
を使うことはできず、円に交換することは更に無理な状況だ。それでもだめ元と、購入先
の三菱UFJ銀行の外為担当に電話すると、すでに国内ではT/Cの発行は終了していて、換
金などの問い合わせはアメリカン・エキスプレスに直接頼んでくれとの返事。聞いた番号
に電話し事情を話して、換金したい旨を告げるとしばし回線が替わって国外とおぼしきデ
ータセンターへ繋がった様子。係の女性に手元にあったT/Cの10桁の英数番号を告げると
11枚すべてが未使用であることが確認されたようで、円への換金が可能と望外の返事。さ
すが~、世界のアメックス! 送金するから銀行と口座番号を知らせろとのこと。こうし
てほどなく、無事に円換算で41,434円が最寄りのりそな銀行に振り込まれ、一件落着した
次第。
 
 当のT/Cはそっくり手元に残っているが、フランとして使えない以上、ただの記念品で、
しおりにでもしようかと思っている。クレジットカードや電子マネーの普及によりT/Cの
出番はなくなってしまったが、まだ持っている人は早めの換金がよさそうだ。
あっ! 家人からは筆者の働きに対して2万円の報奨金が支払われたことを報告しておく。

10月号 「睡眠時無呼吸症候群」

 また病院通いの話ですが、今度は『睡眠時無呼吸症候群』です。元々、飲酒の失敗は多
い方ですが、そうでなくとも大いびきで、翌朝は家人に「ごめんなさい」が相場です。挙
句に時々いびきが止まり、しばらくしてまた再開、気になってますます眠れないと言われ
ます。いびきは飲酒量に比例し、体をゆすると止まるようですがそれより無呼吸が心配と
言われて、主治医に相談することに。日中の眠気や倦怠感がなければたいしたことはなさ
そうですが、一応検査をすることになりました。
 
 就寝時に検査器具を装着して朝まで呼吸の有無と血中酸素を記録するもので、看護婦の
説明によると、装置は医療器会社から宅配されるので、説明書に従って装着し、翌朝送り
返せば、測定結果が解析されて病院に届けられるという仕組みです。測定時はいびきをか
く必要があると思い、寝る前にどれくらい飲めばいいかを尋ねると看護婦は大笑い。無呼
吸がいびきでわかるだけで、いびきの有無にかかわらず毎晩起きているとのこと。アルコ
ールは不要でした。
 さて、検査機器。腕に付ける記録装置本体とそこから延びたカニューレと呼ばれるチュ
ーブを両鼻腔にいれて気流を測定するものと、指先に装着して動脈の酸素飽和度を測定す
るクリップで構成されています。普段と違い寝つきが悪かったものの8時間の記録がとれ、
1週間ほどして解析結果がでました。
 
 軽度の無呼吸で治療の必要はないとの結論。それでも一時間当たり平均19回の呼吸停止、
最長53秒間の停止があったと聞きビックリ。普通に息を止めても1分間は苦しいはずで、
隣で呼吸再開を待っていれば心配になるのも道理です。酸素飽和度は要注意濃度の90%以
下を記録したのが3回ほど、いびきは毎時平均25回も記録されて、アルコールがなくとも
寝息より大きな音が出ていることになります。10秒以上の呼吸停止が30回以上あり、起床
時の頭痛・日中の眠気・倦怠感など実害が続くと要注意。マウスピースや、気道を開く器
具での治療が必要となります。
 不意に起こる眠気による交通事故、大事な会議での居眠り、労災事故の発生などが社会
問題となっており、わが国では筆者程度の潜在患者は数百万人、治療が必要な事故予備軍
は30万人と言われています。どんな病気もそうですが、早期発見・早期治療、無呼吸症で
は、睡眠の質を高めることが大切と言うことでしょうか。 

9月号 「町議会議員選挙」

 我が町、西多摩郡日の出町の『町議会議員選挙』が8月25日に実施された。町には28
の自治会があり、数自治会ごとに7つの投票所が設けられ、即日開票されて、定数14人
の議員が確定した。町の総人口16,731人に対し有権者数13,876人、投票者数7,400人で
投票率は過去最低の53.77%であった。
 拙宅の周辺では近所の自治会役員が4月ごろから立候補を表明し、こちらも応援するつ
もりでいたところ、5月になって家人のいとこも立候補を表明。こうなっては議論の余地な
し、今回は近くの他人より遠くの親戚優先である。先の立候補者には得票が2票減ってし
まうことを謝った次第。最もこの2人は同じ中学の1年違い、どちらも新人立候補者で旧
知の中。「どうぞ、先輩を応援してください」と屈託がない。
 
 事前の予想では立候補者は現12・新2名で無投票との観測もあったが20日の公示日に
もう1人が立候補を届け出て、選挙戦スタート。実は選挙戦初日から候補者間では15人目
の男性は町民ではないとの情報があったようだ。筆者は無投票を避けるために有志がやむ
なく立候補したものと思っていたが、投票終了後、町の選管は青梅市在住であったとして
この候補者の得票33票を無効とした。選管の立候補基準には選挙権や被選挙権の条件であ
る3カ月以上の居住や年齢制限などの規定がなく暗黙知扱いであったことや、住民票の添
付を求めずに候補者の自己申告で届出書が提出できることから、記載事項の真偽を調査す
る時間もなく公示日に即受理されてしまったというのが真相。
 無資格立候補者のお陰で選挙戦が実施され、こうした事情で投票率が低かったものの議
員達に一定の序列を与えたこと、また万全の準備をして臨んだ候補者や運動員にやりがい
を与え、選挙民には候補者の選択をせまったことなど、無投票を免れたことは結果として
無駄ではなかったと思う。
 
 近ごろ、地方議員選挙では立候補者の定数割れや無投票選挙などが目立つようになり、
同時に上のような無資格立候補も相次いでいるという。立候補者の審査を適正にすること
も必要だが、議員待遇や議員としての充実感・達成感の向上などを図り、地方行政を魅力
あるものにできれば選挙も町政もより活性化できそうだが。

8月号 「ビュッフェランチ」

 新宿ヒルトン東京で『ビュッフェランチ』をしました。楽しみましたと言いたいところ
ですが…。大学同窓の4人で「四士の会」と名付け、毎年数回ゴルフ・飲み会で集まり、
この10年余り、飲み会は奥様方も参加です。年を追うごとに夜は帰りや翌日を懸念して、
今では昼食会が主流です。今回は割烹やイタリアン・そば懐石などとは一味違ったビュッ
フェを試すことになり、集まりやすい新宿のホテルとなりました。
 運よく梅雨の晴れ間で好天に恵まれましたが、ホテルに着いて思惑外れ。てっきり上階
の見晴らしのいいところと思いきや、1階ロビー脇のラウンジがレストランでした。内装
や中央のらせん階段などは趣があって、クルーズ船もどきでしたが、眺めはこれきり、そ
れと食べ物を求める人々。3夫婦と単独参加の総勢7人。着席してまずはビールで乾杯が
定番ですが、ここで一同あんぐり。グラスビール(300ml)一杯が1,300円とあります。
不覚にもこれほど値の張るビールは初めてです。周りのテーブルにはワインやビールもちら
ほら、ここでひるむわけにはいきません。7人分のビールを注文しましたが、ウエイトレス
に聞くとキリン・アサヒ・サントリーから選べとのこと。筆者お気に入りのサッポロが無
く、ラーメン屋以下の品ぞろえ。スタートからつまずき、料理は押して知るべし。ロース
トビーフがなぜメインなのか知りませんが今一つ。ムール貝は冷製で、ブリュッセルで食
べた香菜煮と雲泥の差。どの料理もまた席を立って取りに行きたいものがありません。ただ、アイスクリームやケーキなどデザート類は豊富で評判らしく、女性客が多いのは納得
でした。
 
 ビュッフェランチは「浅草ビューホテル」上階がおすすめ。東京スカイツリーが目の高
さで望め、下には浅草寺全景が見渡せて、ビール・ワイン・魚介肉料理も眺めのせいかど
れも満足でした。料理の味と品数ではバイキング(日本のビュッフェ)料理元祖の帝国ホ
テルが一番。都心の眺めも楽しめます。数年前まで立川に系列の「ザ・クレストホテル立
川」があって、ここで法人会主催のフランス料理の夕べがあった際、帝国ホテルの元総料
理長村上信夫さんの講演を聞きましたが、若かりし料理長がバイキング料理の創設者でし
た。

 話は戻りますがヒルトン東京を出て、新宿駅に戻る途中、小さなカフェを見つけてみん
なでビールやワインを飲みなおしました。

7月号 「ガバちゃん」

 『ガバちゃん』と言っても誰のことかわからないと思いますが、筆者がここ6年来飼っ
ている金魚のことです。朝、えさがもらえることが解かっていて、人影が写ると水面に上
がってきます。エサは赤虫の半生加工したものと、クロレラや魚のすり身を乾燥させた球
状のものですが、半生のものは柔らかく、すぐ食べられるので競って食べ始めます。ガバ
ついてがつがつ食べるので「ガバ男」と「ガバ子」と言う名前が付きました。家の裏庭に
置いた口径・高さともに50センチほどの素焼きのかめが水槽です。元は金魚すくい用の「子
赤」と言われる3・4センチのもので1匹50円でした。最初に5匹を飼いましたが1・2
週間で4匹が死んでしまい、その後さらに3匹を追加してこちらも2匹は直ぐに亡くなり、
結局、環境に順応した2匹が大きくなりました。
 
 最初の金魚はやや小ぶり、色も橙に近く体長は26・7センチになって、これがガバ子。
あとから来たガバ男は先輩を追い越し、体長は30センチほどの堂々たる体躯、赤みが濃い
ので見分けは簡単です。冬はヒーターで水温15~18℃、夏は西日除けをしても30℃ほどに
なりますがよく耐えて毎日鬼ごっこをして元気に泳ぎ回っています。2・3か月ごとにかめ
の掃除と水替え、フィルターの交換や水草整理と手間もかかります。掃除が終わってバケ
ツからかめに移すときは手づかみです。捕まえると暴れますが両目をふさぐとおとなしく
なって、一時のスキンシップですがきれいになったかめに放すと嬉しそう。愛犬「レオン」
亡き後の小さなペットです。
 
 このガバちゃんたちが5月連休のさなか、姿を消しました。朝、覗くとエアポンプのホ
ースが外れ、水は濁って2匹の姿がありません。今まで動物に荒らされたことはありませ
んでしたので金網のカバーも使わずじまい。周りに残骸もありません。よく見ると近くに
うろこが散らばって光っていました。ネコには獲物が大きすぎ、かめから引き出すのは難
しそうです。アライグマやハクビシンは手で物をつかめますからきっと彼らの仕業と思わ
れます。翌日、念仏を唱えながらあとかたづけをしました。
 町の農林振興係の報告では平成30年度の獣害対象動物捕獲数はイノシシ43頭、以下タ
ヌキ20・アライグマ16・ハクビシン5・アナグマ5頭となっています。東京の西はずれ、
牧歌的な田舎住まいですが動物との近所づきあいにも難しいのもがあります。

6月号 「大岳鍾乳洞」

 『大岳鍾乳洞』は東京都あきる野市の西はずれに位置し、奥多摩山系大岳山(おおたけ
さん)の山麓にあります。この鍾乳洞、都の天然記念物に指定されていますが、個人所有
です。個人持ちの鍾乳洞があるとは知りませんでしたが、実は筆者の次女は鍾乳洞の所有
者一家に嫁ぎ、今では両親に代わって夫婦で鍾乳洞の運営管理をになっています。
 鍾乳洞は昭和36年(1961年)に夫君のおじいさんが発見し、内部を整備したのち翌年
公開したもので、洞内全長300m。おじいさんが亡くなった後は息子夫婦とおばあさんで切
り盛りしていましたが、おばあさんも数年前に他界しました。受付係を務めて100歳の看
板娘として評判でした。近くを流れる養沢川の洞を挟んだ上流と下流にはキャンプ場も併
設されていて、この10連休は友人数人の応援も頼んでどれも盛況だったようです。また、
行楽客以外にも都内とは思えない山間・谷合のロケーションを利用して、テレビドラマの
事件現場や旅・観光番組などの撮影に一帯が使用されることもしばしば。人気の出演者の
場合は放送後に撮影地の見物に訪れるファンもいるとのことです。
 
 10連休を終えて、しばらくぶりで次女が訪ねてきました。持ってきたパンフレットを差
し出し「これ、私がつくったの!」。見て驚きました。駅などにおいてある観光地のパンフ
レットと変わりない、鍾乳洞の案内です。もともと、今では副業になったヨガ教室や付属
の喫茶店用のブログ作成など、アイフォンでの画像やテキストづくりは得意でしたが、パ
ソコンは不得手でした。聞けば、近所のイオン日の出店のパソコン教室にPC購入込みで
一か月半通い、その後このパンフレットを作って1万部印刷したと言います。武蔵野美術
短大出でこうしたセンスがあったのでしょう。お店やサークルなどのパンフレットやカタ
ログつくりも仕事の一つに加えるつもりで勉強したとのこと、鍾乳洞はその第一作でした。
何事もやり始めたら中途半端で終わらないまじめな性格が功を奏した結果です。
 
 鍾乳洞は更に奥があり、照明・見学路などを設置していつかはもっと広げたい、売店休
憩所のレイアウト、お土産や飲食メニューも工夫したいなど、抱負はいろいろあるようで
すが、こつこつ進めて納得のいく鍾乳洞とキャンプ場にして行ってください。
応援してま~す!

註:大岳鍾乳洞・大岳キャンプ場のHPはこちら

5月号 「人力車」

 『人力車』は日本人の発明した乗り物であると子供のころに聞かされたが、汽船・自動
車・飛行機などに比べてたいした発明ではないな、と思ったことを覚えている。
 この日本発の人力車、馬や籠に代わって明治の初期から急速に普及し、わが国だけでな
く「リキシャ」などと呼ばれて中国・インド、東南アジアに多数輸出された。明治期には
重要な市内交通の手段だったが、次第に馬車や鉄道に押され、自動車や円タクも走り出し
て大正期をピークに衰退していったという。戦後の一時期、自動車や燃料不足からわずか
ながら復活したというが、筆者の鼻ったれ時代の錦糸町や亀戸では見た記憶がない。余談
だがこのころよく目にした乗り物はGIが運転するジープで、後ろには例のスカーフをし
た2・3人の日本人女性が乗っていたものだ。

 さてその後、蒸気機関車が廃止されていった昭和40年代末には、逆に人力車が観光用と
して復活し出し、現在では京都・飛騨高山をはじめ鎌倉・浅草・小樽など主な古都・城下
町・港町には車宿ができて気軽に乗れるようになった。この3月に名鉄犬山ホテルに宿泊
する機会があり、犬山城とその城下町を散策したが、貸衣装屋で江戸・明治期の着物に着
替えて買い物や人力車に乗ることが若い女性たちにはやっているようで、あちこちで見か
けた。

 実は都の産業技術研究センターの共同研究事業の一環として「電動アシスト人力車」を
開発して、オリンピックまでには実用化するというプロジェクトが進行中で、ハード・ソ
フト・車宿など5社が参画している。当システムクラフト社もその内の1社。当然坂道で
の走行試験が必須だが、道路交通法により試験は私有地で行う必要があるとのことで、本
コラムでも紹介した日の出町の鹿野大仏参道が候補となった次第。幸い大仏のある寶光寺
住職の好意により、先月4月に浅草えびす屋の車夫により走行試験が行われた。道路勾配
はアイフォンアプリの計測で3~11度(5~20%)、アシストが作動すると2人乗っても十
分に登れるパワーは確認できたが、スムーズな加減速・坂道発進などに改良の余地がある
とのことだった。オリンピック頃には女性車夫が外人観光客を乗せて坂道も何のその、さ
っそうと走り回って評判になることを願っている。

4月号 「歯科治療」

 現在「歯科治療」中、と言っても抜歯が済みあとは1か月後に結果を見ることになって
います。昨年暮れに左下奥歯の虫歯再治療が終了し、今度は時々化膿していた右奥のブリ
ッジ部の治療と言うことになりました。10年ほど前に右下の奥歯(第2臼歯)が抜け、最
後まで生き残っていた親知らず(第3臼歯)と隣の歯(第1臼歯)でブリッジを構成して
今まで使用していましたが、なにせ親知らずは他の歯と比べて根が浅く、隣の分までかむ
力を分担させるには無理があったのでしょう。その上、左奥の治療中はもっぱらこちら側
を使いましたから、動き出してとうとう抜くことになった次第。親知らずは別にして今ま
で欠けた歯はブリッジしたこれ一本ですから年齢(後期高齢者)としては歯が丈夫だと言
われました。筆者の育ちざかりは戦後の食糧難時代で虫歯の要因になるような甘い飲食物
はほとんどなく、結婚することになって初めて歯医者に行きましたが虫歯は皆無でした。

 筆者の母親は97歳まで生きましたがほとんど自分の歯でした。80代で抜歯するときにこ
んなに抜けない歯は初めてだと医者を驚かしました。また、50代ころまで栓抜きが見つか
らないと歯でビールの栓を抜いて周りを仰天させていましたからなまじの強さではありま
せん。我々兄弟の歯の丈夫さも母親譲りだと思いますが、本人の言では結婚したころから
丈夫な子を産むために毎日「ワダカルシューム」を飲んでいたとのことで、遺伝より今で
言うサプリメントの効果で歯や骨が丈夫にとなったと言うことでしょうか。
 
 さて、今回の抜歯跡がふさがっても奥で支える歯が無くなりブリッジができませんから、
もともとなかった奥歯をインプラントにするというのがおすすめの処置のようです。イン
プラントに関しては賛否両論、あごの骨が溶ける周囲炎などでせっかく入れた土台のソケ
ットを抜くなどの問題もあり、今のところインプラントは不要と答えています。先生は何
かほかの方法で対処すると言っていますが、とりあえずこのままにしておいて支障があれ
ばそれから対応しても良いと思っています。命の寿命と歯の寿命、歯の方が圧倒的に長い
はずですからあわてる必要はなさそうです。

3月号 「競馬」

 『競馬』の配当金に史上最高額の4億7180万円の新記録が生まれた。つい先月24日の
レースでのこと。ネット販売限定の「WIN5」と呼ばれる投票法の当たり馬券の賞金で、
この馬券の売上総額は6億7401万円、100円馬券674万枚分だが当たりはたった1枚。売
り上げの70%の払戻金全額の一人占めとなった。このレースは当日阪神・中山・小倉の各
競馬場で順に行われた第10・11レースの5レースすべての優勝馬を当てるというもので、
3連単から単勝まで数ある勝ち馬投票方法中でもっとも的中確率が低いもの。他に、現在ま
での最高配当額は3連単2980万円・3連複695万円・馬単150万円・単勝に至っては57千
円となっていて、億馬券が頻繁にでるWIN5はまさに一獲千金のギャンブルと言える。
 この賞金、無税で申告不要と思いきや、所得控除50万円で確定申告が必要とのこと。当
選者が特定できなかったり、今までつぎ込んだはずれ馬券の購入費を必要経費として控除
するにも検証できなかったりなど、高額の賞金では税額が紛糾するケースも多いとのこと。
 
 もうひとつ。中央競馬ではこの1週間前の17日に初のG1レース(トップグレイドのレ
ース)出走の女性騎手が誕生し、人気を博した。この初戦は終盤の追い上げにもかかわら
ず5位となったが今後が期待されている。ところで、フランスは競馬大国で既に女性騎手
が2割近くを占め、彼女たちの活躍で売上・女性優勝ともに急上昇したというから、わが
国でも最高額や女性騎手のニュースが競馬ファンを増加させるかも知れない。

 筆者に関しては、大学時代に千葉在住の同級生と中山競馬場で一日過ごし、小遣いを掏
ってしまったこと。70年代に錦糸町の楽天地で適当に買った、日本ダービーの1-2・3-4・
5-6・7-8の連勝複式特券(1000円券)の一枚が当たり、1万円ほどになったこと、帯広ば
んえい競馬でそりレースを見たことぐらい。現役時代は会社の隣が「ウインズ立川」で、
昼休みにせっせと馬券買いをする社員もいたが儲けた話は聞かずじまいだった。すべから
く、ギャンブルと株式投資は遊び金の遊び買いが賢明のようだ。

註:「ばんえい競馬」は2007年8月号参照

2月号 「東海林太郎」

 『東海林太郎』と言えば戦前から昭和40年代半ばまで活躍した歌手です。マイクの前で
直立不動、丸いロイド眼鏡に燕尾服と言う定番スタイルで、「赤城の子守歌」、「麦と兵隊」、「旅笠道中」などのヒット曲が多数あります。NHK紅白歌合戦は第1回から数回出演、
昭和40年には紫綬褒章を受けたのを機に同年の第16回紅白に最後の出場をはたしました。
流行歌の大先輩と言えるでしょう。

 ところで、筆者の歯科主治医は女医さんで、医院は立川駅の南口にあります。奥歯の治
療がそろそろ終了と言うときに、「次回が私の最後の担当になります。」とのこと。その次
回に今後どうするかを聞いてみると、郷里に戻るとの返事。それが秋田で市内と言います。
 実は東海林太郎は秋田市出身です。秋田駅からほど近いところに生家あとと「東海林太
郎音楽館」があって、館長は東海林太郎と同じ早稲田大学出身、筆者の古い友人です。一
昨年春にこの佐々木館長の案内で音楽館を見学しました。女医さんに話すと、案の定、「知
りませんでした」。
 
 この音楽館、ビル2階の元喫茶店を改装したもので、1階は榮太樓の和菓子店。入口にポ
スター程度の案内板で、市内でも知る人は少なそうでした。しかしながら、内部は褒章を
胸に例の正装で来館者を迎える等身大パネルや勲章、直筆の掛け軸・扇子、レコードとジ
ャケット、系譜や写真がずらり。なかなかの見応えです。隅に生家の玄関が復元されてい
ますが、この玄関を開けるとなんと、中は横綱大鵬の記念品展示室でした。こちらも優勝
杯を持つ横綱のパネル・化粧まわし・トロフィー等記念品が狭いながらも壁面一杯。音楽
館に刺激された菓子店の奥さんが空いていた一室にコレクションを展示したそうです。
 
 東海林太郎と横綱大鵬、活躍時期に重なりはありますが会ったことはあるのでしょうか。
地元も知らない秋田の名所です。昨年暮れ、秋田に帰った女医のNさんはもう訪問したで
しょうか。
 
 註:音楽館はNPO法人東海林太郎伝承会の運営、所在地:秋田市大町2丁目1-11


1月号 「新元号」

 今年の5月1日から『新元号』に改元されます。ご承知の通り、今上明仁天皇の退位に
よるもので、崩御によるいわば突然の改元と比べて国や社会に準備や気持ちの上でも余裕
が生まれ、歓迎です。平成の幕開けでは昭和天皇の崩御によるお悔やみが裏にあり、新天
皇誕生を率直に喜ぶことができませでした。85歳の誕生日が過ぎてもなお、皇后さまと共
に公務に臨む姿に感銘を受けますが、もう少しでこうした務めから解放されることに国民
の一人として安堵を覚えます。長い間、ありがとうございました。
 
 さて、元号に関してのおさらいです。わが国の文化・風俗は中国の影響抜きには語れま
せんが、元号(年号)も中国にならったもので、大化の改新で知られる「大化」が最初の
元号で西暦645年のこと。以来綿々と続き、平成は大化以来231番目の元号とのこと。中
国は清朝が最後の元号となり、朝鮮半島やベトナムでも戦後で元号を廃止し、今や元号を
採用している国はわが国のみとなりました。帳票・申請書などの印刷コスト、コンピュー
タの数式やデータの変更、一年に2つの元号の存在、西暦と2本立てで年齢計算等のわず
らわしさなど不都合は数々ありますが、一生に2・3回しかない改元です。何とかしのいで
世界文化遺産ともいうべき元号を維持してほしいと思います。天皇に関しては、神武天皇
を始祖として、今回の皇太子徳仁親王の新天皇即位で126代目とされています。江戸期ま
では天変地異や吉兆などで同一天皇の代でも頻繁に元号が変えられましたが明治以降は天
皇一代一元となりました。
 
 新元号は改元の一か月ほど前には発表されるようですが、どんな元号になるのでしょう。
感じが良い・書きやすく読みやすい・その上何か由緒のある漢字2文字がヒント。頭文字
の略称がMTSH以外であることも必要かも知れません。歴代の元号で使われた文字は72
種。永・天・元・治・応が20回以上、和と正は19回使われ、昭と成は昭和と平成が初出
とのことです。こうした条件で既に巷間ではいくつかの候補が取りざたされていますが、
元号の公募は論外としても年号当てクイズでもあれば結構応募者は多そうです。いずれに
しても良い時代が予感できそうな元号を期待しています。