2010年のコラム

   

今月のひと言

当社のコラム担当 「今が好き♪」 氏のコラムです。毎月連載します。

    
2010年 12月号 「広域行政」
11月号 「長生きの秘訣」
10月号 「テレビジョン」
9月号  「所在不明高齢者」
8月号  「世界遺産」
7月号  「エコドライブ」
6月号  「真空管」
5月号  「済州島」
4月号  「宮代町」
3月号  「青梅鉄道公園」
2月号  「たばこ税」
1月号  「図書館」
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12月号 「広域行政」

 「広域行政」の成果、平成の大合併もここで一段落。平成11年3月に3,232あった市町村が本年3月末時点で1,727まで減少した。市は670から786へ増加、町村は新市になるか周辺の市に編入されて2,562町村が941に大幅減少。元々広域行政は、戦後の新制中学校設置の人口基準、消防・警察・社会福祉などの管理・事務の自治体移行などから、行政の規模や財政を拡大する必要から生まれたもの。このため昭和28年に町村合併促進法が、更に町村数を3分の1程度まで減少させるために昭和31年に新市町村建設促進法が施行されて昭和の大合併が推進された。この間、9,868を数えた自治体数は昭和36年までに3,472に減少、ほぼ目標が達成された。更に昭和40年合併特例法が施行され、周辺14市町村の大合併でいわき市が誕生するなど高度経済成長期を背景に自治体が大型化。一方経済成長に取り残された過疎地域を吸収するなどの合併も進み一定の成果をあげた。
 この合併特例法はその後も10年毎に延長、平成7年には改正が行われて、合併特別債などの財政支援策が拡大されて、広域行政が強力に進められ平成の大合併の口火となった。その後の税移譲や交付税見直しのいわゆる三位一体改革も小規模自治体の財政を圧迫し、合併を加速したが、こうした特例が平成17年に合併新法で終了。今年4月に合併新法も改正されて政府主導の合併推進が一区切りとなった。

 筆者の街、あきる野市は平成7年の特例法を契機に同年9月に秋川市と五日市町の合併で誕生したもの。政府指導では桧原村と日の出町も合併対象であったが、桧原村は島嶼部を除き東京で唯一となったおらが村を継承するという賢明な理由から離脱、日の出町は例のごみ処理場による豊富な財政を一人占めするために合併拒否。結局、日の出町の分だけえぐれた地形の新市が誕生した。もっとも4市町村合併では阿伎留台地から外れるので現在の市名は採用されなかったはず。合併時の市町名はいつも紛糾するが、西東京市や中央市など芸の無いものより我が市名は気に入っている。
 余談だが、さすがに三菱東京UFJ銀行並みに元の名前を並べただけの自治体は皆無だ。これでは企業も自治体も一体感が生まれず、いつまでも出自を引きずって合併の効果が発揮できない。覚えるこちらも大儀だ。身に覚えのある向きはご一考ください。  


11月号 「長生きの秘訣」

 「長生きの秘訣」について、これほどの適任者はいないという方の話を聞きました。保育園から介護施設まで、食事や健康についての指導やクリニックを手掛けるヘルシーピット社の20周年記念公演に夫婦で招待されてのことでした。講演者はこの10月、99歳になられた日野原重明さん。2005年の文化勲章受章者にして、いまだに現役の医者、聖路加国際病院理事長として活躍中の有名人です。

 講演冒頭で「今日はみなさん無料で私の話を聞けるそうで大変ラッキーです。先日の某ホテルでは5千円会費でした。」と会場を沸かせるなど、ワイヤレスマイクを襟に身振り手振り、座るどころか動き回っての講演で全く年齢を感じさせない元気ぶりでした。
 加齢に従って日々の運動量が減ったら摂取カロリーもその分減量すべきで、メタボや生活習慣病の予防になる。食事や健康についての知識を持て。歩けなくても寝たきりはだめ、せめて昼は座ってなるべく頭や体を使え、安静にするのは就寝時だけでたくさん。介護保険はかえって介護に頼りすぎ、高齢者の自立を妨げる。などなど永年、予防医学と終末期医療の普及にたずさわった経験をふまえての熱演でした。ちなみに、成人病に代わる生活習慣病という呼び方を提唱したのは日野原先生とのことです。

 沖縄基地問題、米国の対テロ政策などにも一家言もち、高齢者の経験・教訓を次世代に伝えることを目的に2000年には「新老人の会」を結成。正会員(シニア会員)は75歳以上、74歳以下はジュニア会員で現在会員12,000名だそうです。自立・世界平和・老齢医学への貢献などを目標に会員増加中、2~3年で30,000人にする計画で、50,000人になれば国を動かせると意気盛ん。この11月3日と1月1日にはNHK-TVに出演予定で、特に元旦は何をしゃべっても良いと言われて、今から楽しみにしているとご本人。みなさん、是非ご覧ください。
 
 講演時間も15分オーバー、盛大に拍手されての帰りがけ、我々の席近くを通る際に、なんと先生が手を差し出して私の家人と握手、年寄り好きの彼女は大感激でした。講演にはありませんでしたが健康長寿の秘訣は案外、いくつになっても異性への関心を忘れないことかも知れません。
 
 


10月号 「テレビジョン」

 ご承知のように「テレビジョン」放送が明年7月24日、デジタル方式に切り替り、昭和28年NHKの放送開始以来、58年間にわたるアナログ放送は、地上波・衛星波ともに終止符を打ち、テレビ新時代となります。この間テレビジョンという呼称は風化してしまいました。新時代の象徴東京スカイツリーも完成前から新名所となって、送信開始の平成24年春で地上波デジタル化が一段落の見通し。と言っても東京タワーから一気に送信引継ぎというわけに行かず、徐々にサービスエリアを拡大する予定で移管には時間がかかるようです。ブラウン管・プラズマ・液晶・有機ELなど受像機の発展、カラー化・ハイビジョン・デジタル化・衛星放送・CATV・ワンセグ・3Dとサービスの多様化で放送開始以来、家電の稼ぎ頭として業界を支えた続けたテレビですが、今後も家電の雄として君臨するためには映像・音響・情報・通信の一層の統合など新方式・新需要の開発が必須です。

 さて、めざましい進歩を遂げたTVですが、映像伝送原理はFAXと同じ。映像を1本の線としてジグザグに走査し、電波に乗せて復元するというもので、今でも変わっていません。この原理により世界で初めてブラウン管に映像を表示して見せたのが、浜松高等工業学校の高柳健次郎先生、大正15年(1926年)12月25日のことでした。
 
 ところで過日、仕事で同僚と静岡大学の浜松キャンパスを訪れる機会があり、ネットワークや浜松地域テクノポリス推進機構などの話を伺いました。会談を終えて帰る段になり、せっかく来たのだから学内を散策しようということに。歩きだしてすぐに、「高柳記念未来技術創造館」の案内板を発見、早速見学です。方形の2階建て、新しい建屋に「テレビの父」高柳先生の偉業紹介と一部ヤマハや浜松ホトニクスなど在浜松企業の実績も展示。浜松高工は大学工学部の前身だったのです。
 見学者は我々2人だけ。館長とおぼしき男性の案内で、発明当時を再現したニプコー円板と呼ぶ機械式走査撮像装置とブラウン管による「イ」文字の
表示、年代順のTV展示、戦後日本ビクターに移ってからの先生の活躍など丁寧な説明を受け、期せずしてTVの歴史を勉強しました。ありがとうございます。静岡大学と浜松のますますの発展を願っております。



9月号 「所在不明高齢者」
 「所在不明高齢者」の増加がとどまるところを知らない。ことの起こりは7月末に、都内最高齢とされていた111歳男性の白骨遺体が足立区で発見されたのが皮切り。翌日、この事件をきっかけに杉並区が113歳の母親が同居のはずの次女宅を訪問、遺体も生体もなしで、以後一連の100歳調査が全国でスタート。その後はあきれるほど不明者が続々、直近では300名に達する人数。この数字は60市区町程の報告による集計だが、わが国には約1780の市町村、東京をはじめ政令指定都市の区部も130以上あるから、まだ発表せず様子見・だんまりの自治体が圧倒的多数だ。更にこの数字は100歳以上の調査結果で、多くは十年以上も前から所在不明とのことだから年齢を90・80などに引き下げれば更に不明者が増えるのは確実。現に旭川市は対象を75歳以上に広げて全員に面接する計画を発表している。一体何千、何万人の不明者数で落ち着くのか見当がつかない。
 
 昔のようにたかだか6・70歳が寿命の時代にはこうした問題は皆無、寿命を越える高齢者は家族や周囲から手厚く見守られていたはず。それが現在では年老いた親の家出・失踪、死亡にすら無関心という驚きの家族が出現。当局への届もなし、それでいて本人の長寿祝い金や年金はねこばば、という信じられない民度の低さ。見守りと言うより見捨てるという、新たな高齢者問題が発覚したのである。100歳を越えて年金は横取りされ、誰の支援も受けずに生きているなら高齢者問題などあり得ない。
 一方、行政側の怠慢も浮き彫りにされた。この騒ぎで115・119歳、果ては125歳などギネス級超高齢者が何人も住民登録されたままで実在の確認もなし。台帳を検索すればこうした長寿者は簡単に発見でき、長寿競争に名乗りをあげるべきだが、見て見ぬふり。民生委員が面会できず自治体に警告しても住民課などは動かず。厚労省も年金記録の不祥事があったばかりで、今度は受取人確認がないまま年金を垂れ流し支給だ。自治体・民生委員や年金を
掌握する厚労省・総務省統計局など行政各部門内と関係省庁間の情報共有システムを充実させ、正確な人口動態を常に把握願いたい。
 
 幸い、本年10月に総務省・自治体連携で5年に一度の国勢調査が行われるとのこと。事前にこうした騒ぎがあっただけに、より正確な人口調査が期待できるかもしれない。


8月号 「世界遺産」
 富士山の「世界遺産」登録がごみし尿問題から見送られていることはよく知られているが、国の最高峰にして孤高、加えて山容の美しさは誰もが認めるところである。実際、世界遺産に匹敵するかどうかは別にして、上空から見る雲上のいただきは神々しく感動的だ。ところで山そのものの貴重さから当然、自然遺産と思いきや、文化遺産での登録が目標とのこと。古来、信仰の対象として遠く近くからあがめられて人心を癒し、湖とともに絵画など多くの芸術作品を生み、日本人の文化を育んだとして文化的意義を優先したらしい。昔はいざ知らず、今は、眺めるだけならごみもクソも分かりはしないとは言いながら、そんな山を拝んでも御利益はなさそうだが。
 
 世界文化遺産と言えば富岡製糸場も候補で、文化庁は富士山同様、ユネスコに申請している。近くを通ると工場の案内が目に付き、機会があれば寄りたいと思っていたところ、つい先日、家人のリクエストに応えて県庁で昼食ということになった。我が家で県庁と言えば群馬県庁のこと。高速で1時間余の距離。関越道から前橋方向に見えるランドマークが庁舎で、31Fにレストラン、32Fが展望室。駐車場は2時間無料で展望と食事には十分。欧州料理と日本料理のレストランがあり、どちらも値段の割に一つ星、眺めも申し分なしで休日は空席待ち状態になる。
 
 食事で帰路のつもりが、製糸場を思い出して寄ることに。上信越道富岡IC下車、狭い道を通って到着、近くの民家空き地に駐車で300円。入場料は500円、見学者は意外に多く盛況である。 門正面に100mを超す赤レンガ東繭倉庫、敷地奥が同構造の西倉庫、更に南に長さ140m、最大級の製糸場があって、中に糸繰り機が両側にずらりでこれは壮観。このレンガ造り3棟で大きなコの字を構成して乾燥場・蒸気釜などを囲み、外周に寮・事務所・仏人技師の広大な住居など明治初期の木造建築が配置されて多くが国の重文指定である。熱心な説明員多数で、登録への熱意は感じるが、素人目にはレンガ建造物に重厚さが足りないこと、木造群は特に目を引くところがなく世界に通用するかは多少疑問。周りの街も雑然として世界遺産があるとは思えずで、失礼ながら課題は多いように感じたが、周辺市町村の絹産業遺産も併せて追加申請したとのことで地元の期待は高まる一方だ。


7月号 「エコドライブ」
 この2ヶ月間ほど、「エコドライブ」の社会実験を行いました。今回は結果報告です。と言っても、マイカー通勤時に赤信号でこまめにアイドリングを停止したら、どうなるかを記録しただけですが。結果を先にお知らせすると、2割ほど燃費が改善し、1万円のガソリン代が8千円で済むという予想外の効果がありました。

 通勤路は五日市街道・国道16号・旧奥多摩街道が中心。居住地あきる野市から立川市に至る一般的な道路で距離は片道18.3Km。この間73ケ所もの信号を通過します。250M毎に信号がある勘定です。この内、歩行者専用は4ケ所のみ、四方の交通量が同程度、あるいは右折信号付きの交差点が17ケ所、残りは全て枝道から出入りする信号機です。出勤時の運転時間はおおむね46~60分、平均50分ほど。帰宅時は5分程度短縮し、雨の日は駅への往復で車の出入りが増え、10~15分よけいに掛かるので要注意。電車の事故があれば更に車が増えて大幅延着です。車はスカイライン3500ccで燃費や平均速度、運転時間などが表示され、こうした実験に便利です。
 
 通常はリッターあたり6.5~7.5kmしか走りませんがエコ運転では、8.2~9.2kmに燃費が改善、最悪で片道2.8㍑必要だったガソリンが最善で2㍑で済む計算です。停車時間も入れた平均時速は18~24Kmほどでしたが、走行時のみの平均では30~36kmとなります。時速50~70KMで走りますが加減速で平均時速は半分に、全行程では3分の1になってしまいます。信号で停車する回数は18~25回におよびますが、約50か所は青信号で通過します。合計停
車時間は15~22分間になり、運転時間の3割方は信号待ちで止まっていることになって、都市部の車通勤に無駄が多いことが分かります。停車時のアイドリングで消費するガソリンは上の計算で最大0.8㍑、平均では0.5㍑程です。往復1㍑、月20日間通勤として20㍑、ハイオクガソリンで毎月3000円近くが通勤時のアイドリングで消えていたことになります。結局、この期間、エンジンスタートのタイミングもマスターして、後続車を待たせることもなくなり、人を乗せていない時は通勤以外でもゴルフ場のカート並にエンジンのランストップを行うようになりました。ただ最近は、エンジン停止でエアコンも切れ、とたんに室温が上がって閉口、実験は終了としました。
 


6月号 「真空管」
 やわらかな音が評価され「真空管」のアンプが見直されています。休日に覗くジョイフル本田などの大型ホームセンタでは組み立てキットが売られ、書店でもこの手の入門本・参考書が多数並べられています。実を言うと筆者は元ラジオ少年で、小学校の鉱石ラジオ工作をきっかけにこの世界に入り、結局、大学も趣味の延長で電気電子系となってしまいました。

 中学時代はもっぱらラジオ製作。真空管1・2本でできる高周波一段増幅の高一ラジオ、バリコンの同調操作時にピーピー鳴く並3再生ラジオなどを作っては壊し、また部品を再利用、追加して別のものに作り直す日々。屋根裏が工作室でシャーシの穴あけから、スピーカーボックスまで全て自作です。部品の買い出しは江東区葛西橋の自宅から都電の往復25円を惜しんで、秋葉原の電気街に自転車で通いました。
 ラジオの仕上げはMT管使用の5級スーパーで、これに同調指示管のマジックアイを追加して完成。緑色のマジックアイのまばたきは新鮮で感激でした。高校でははやり始めたステレオアンプ作りが主体、初段増幅管12AX7、プリアンプ部12AU7、出力管6BQ5、整流管6CA4が常用管で回路を変えては音質を比較したりしていました。またサブミニチュア管による携帯ラジオ、東京通信工業社(現ソニー)の2T11など当時の新素子、トランジスタを使ったポータブルラジオへも挑戦。真空管やアンプへの思い入れは人一倍あるつもりです。

 ところで、我が国有数の真空管展示室が母校電通大に開館しましたので紹介しましょう。元々戦前・戦中の航空機・船舶の通信士を多数養成した関係で大学には当時の無線通信機、電波航法機器が保存され、寄贈された電信電話機器・ラジオテレビなどとともに倉庫まがいの展示棚に並べられていましたが、一昨年、新たな建屋2階分を使用して「UECコミュニケーションミュージアム」と称して新装オープン。目玉の一つが真空管です。展示の中核は元東芝社員で真空管研究の第一人者、大塚久氏寄贈の真空管で、20世紀初頭の2極管からバスケットボール程の放送用水冷管、軍用管・オーディオ管・TV管・マイクロ波管など部屋をうずめた数千本の展示は圧巻。知る人ぞ知るお宝の山といった趣です。調布界隈にお出かけの際は是非お立ち寄りください。


5月号 「済州島」
 4月後半、韓国は「済州島(チェジュド)」へ行ってきました。2泊3日JTB旅物語の企画。高校同期に奥方4名もさそって総勢12名のツアー参加、ウォン安で一人34,800円です。格安の常で日程は決まっていても出発時間は間近まで不明、一週間ほど前に大韓航空成田発9:45、集合7:45の通知がきました。
 成田の不便さはいつもながら。東京に住みながらこの時間では始発電車でも遅刻、車は5時前出発となってしまいます。幸い成田ビューホテルのツインが夫婦計6,400円で予約でき、車で前夜発、一泊することに。こちらの格安の秘密はスーパーの刺身と同じ、直前の空き部屋をネット枠で放出したもの。これでホテルの駐車場が15日間無料になります。行ってみれば周辺の駐車場も1日500円となっていて、数年前に比べれば随分安くなりました。
 
 さて、済州島。一行は我々を含めて3ホテル分宿の34名。初日は済州市周辺の龍頭岩・三姓穴の定番観光地、それに最近話題の上り下りが逆に見える不思議な坂道を見学。この坂は写真でも逆に写り、歩くとのぼりが楽という不思議。重力のベクトルがずれている感じでした。この島には平成6年夏、3泊4日のゴルフ目的で来ていますが、この間の大きな違いは、車が増えたこと・TVドラマのロケ地観光が盛んになったこと・中国人観光客が増えたことでしょうか。2・3日目は島東部と南部の主要地巡り。ロケ地はチャングムの誓いのウェドルゲ(人影岩)、日光江戸村並みの太王四神記のオープンセット、オールインワンの教会、最近始まったアイリスの灯台を見学。チャングムを時々見た程度でしたが、結構、韓流ドラマ通になりました。  
 また、国の世界自然遺産の全てがこの島にあり、車で走れそうな平らで幅広の溶岩洞窟の萬丈窟・台形の噴火口まで登った城山日出峰(ソンサンイルチュルボン)・国の最高峰で飛行機からは済州富士と呼んでもよさそうな漢拏山(ハルラサン:ここは登山口まで行きましたが霧と雨で何も見えず)と3か所すべてを走破、所々免税店・土産物屋にも寄らされて、格安のつけを払いました。
 食べ物は鮑づくしが良かった他は特記事項なし。あ!出演者5名、好企画のキッチンバンドNANTAも見てきました。


4月号 「宮代町」
 木造建築で有名になった埼玉県の「宮代町」役場を訪れました。と言っても昨年2月の日曜日のこと、休日で庁舎に入ることができず、窓から伺うだけ。替りにコミュニティセンターを見学しました。庁舎とは棟続きで工法は同じ、木の太い柱や梁、明るい室内など、空間を広げれば庁舎の内部がうかがえます。2005年の完成、地元産の杉とカラマツ材を使用した我が国最大級の木造庁舎とのことです。行ってみて分かったことですが、ここにはほかにも見どころがありました。
 コミュニティセンター前に蒸気機関車が展示されていたことです。東武鉄道の貨物列車を牽いていた40号機関車で、Bタイプ(2軸動輪)ながら炭水車を従えたテンダー仕様、最近塗り直されたようで漆黒のボディー、明治生まれで国鉄からの転入車両だそうです。役場は東武動物公園駅の前、役場を通り越すとすぐが東武動物公園で東武鉄道と町は持ちつ持たれつ。

 実はこの町のもう一つの目当てが日本工業大学。比較的新しい大学ながら工業高校からの進学者が多く、ものづくりに力を入れていて、町の自慢です。役場から1キロと離れていません。大学に動態保存の蒸気機関車があると知って出かけたもの。受付で意を告げると、入って自由に見てくれと好対応。正門をはいるとすぐ右手にレール、その奥にレンガ作りの機関庫がのぞけます。近づくと、あに図らんや!入口は施錠されて本日非公開日。仕方なしにまたもや替りに併設の工業技術博物館を見学することに。旋盤やらボール盤などの時代物工作機械がびっしりでなかなかの内容でした。帰りがけに事務所で機関車の公開日を聞くと、つなぎ服の男性が『お見せしましょうか』と望外の返事。連れだって機関庫に入りました。明治生まれのイギリス製、B6型2109号機、軸配置C(3軸動輪)のタンク車でどこもピッカピカ!大井川鉄道からの移籍、機関車トーマスの世界です。
 走るのは11月の学園祭だけ、それでも罐は時々火入れをしている由、レールも120mでは不足、思いっ切り走らせてやりたいと。聞けば本機の担当者で『私が機関士です』には恐縮しましたが、お陰で鉄談義がはずみ、貸切のうえ願ってもない説明員付きで充実の見学となりました。(現在は毎月第3土曜日の運転となっています。)



3月号 「青梅鉄道公園」
 「青梅鉄道公園」が自宅のとなり町青梅市にあり、暇つぶしに写真を撮りに行くことがあります。青梅線青梅駅の裏山に位置し、子供向けの半分遊園地という施設ですが、特に蒸気機関車の展示が豊富で、SLファンにも人気。全国でここだけというSLのE10型2号機が展示されています。戦後間もなく数台製造された巨大なタンク車でD51、C57など有名SLに比べ無名ながら、急こう配用に動輪5組を備え、間近で見るクランクでつながれた5輪は圧巻です。奥羽本線、九州の肥薩線などの山岳地で活躍しました。もう一台のお気に入りはSLでなく電気機関車ですが、ED16型1号機。動輪4組の小型電機でこの公園では新顔の部類。昭和6年開発で全16両製造、本機は昭和55年9月まで使用されたと説明板にあります。活躍の場は中央線・上越線など、晩年は現役の全機が今は無き立川機関区(南武線西国立駅)に集合し、筆者が昭和43年から多摩地区に在住した初期に立川駅や拝島駅でこのED16型や八高線で余生を送っていたSLをよく見かけました。一時期、五日市線武蔵増戸駅付近の線路際に住んでいしましたが、この頃、セメントのホッパー車を連ねたED16牽引の貨物列車が家の裏側を走っていました。鉄道公園に行くたび、懐かしい思いです。
 SLの話題をもう一つ。群馬県伊勢崎市に華蔵寺(けぞうじ)公園遊園地という観覧車が自慢の公園があり、市の運動公園と隣り合わせで休日は子供連れで結構なにぎわい。ここにC61型20号機が保存展示されていますが、復活の計画があるとの話を聞いて、昨年ドライブがてら出かけました。公園の隅に居心地悪そうにポツンとした感じで展示されていましたが、スノウプラウを装着し大きな前照灯、最大級の動輪で堂々の姿。手入れが良く、なるほど今にも走れそうな状態でした。往年の『はつかり』、『はくつる』など東北行きの特急列車で先頭に立ち、昭和48年リタイヤ。説明に昭和24年三菱重工製、287万Km走行とあります。このSL、結局、動態化が本決まりとなり、今年1月に解体されて公園から運び出されました。今後、大宮工場などで分解整備をした後、明11年春ごろ復活予定。JR東日本高崎機関区に配属される模様です。どこでどんな列車を牽いて雄姿を見せるのか、今から期待が膨らみます。


2月号 「たばこ税」
  「たばこ税」が引き上げられ、本年10月から1本5円ほどの増税になる。政治の要諦はどこからどんな税を徴収し、どこにどう使うかにあるが、税制面では喫煙者はカモで、踏んだり蹴ったりだ。喫煙場所は年々制限され、自宅でも会社でも吸うのは屋外、レストランも駅も全面禁止が大半、箱にも健康に害があるなどと警告されながら、それでもやめないやめられないだ。たばこほど税まみれの商品は他に例がない。
 ここで税のおさらいをしてみると、マイルドセブン20本300円の内訳は次のごときだ。本体部110.84円、国税87.44円(たばこ税71.04円、特別税16.4円)、地方税87.44円(都道府県税21.48円、市町村税65.96円)、消費税14.28円となっている。現行で実に税が189.16円税率63%である。5種類の名目で課税され、10月からは更に100円の引き上げで税率は72%に達し、110円のたばこを吸うために400円を払うこととなる。国税地方税は同額に設定され、引き上げ額も半切される公算。県や町がたばこは地元で!と言っているのはこれが根拠。国税の特別税は旧国鉄と林野庁の赤字補てんに充てる目的税と言うからあきれる。国の事業の責任が喫煙者に転嫁されているのである。また、消費税を見ると本体部が消費対象でこの5%、5.542円が妥当のはずが、国税地方税を加えた額の5%を徴収すると言う二重取りだ。
 さて、増税対象として思い浮かぶのはたばこに対して酒。ビールが群を抜いて高い税率だが、350cc230円として本体部145.7円、酒税77円、消費税7.3円(本体部のみ)と簡単明瞭、税率36.65%である。酒が及ぼす社会的弊害は自動車事故・暴力・家庭破壊など、不祥事・失敗談も数知れず、たばこや麻薬の比ではない。健康や迷惑を考えるなら酒税を引き上げるべきだ。たばこ増税にした理由には、飲酒人口の方が圧倒的に多く、選挙対策上不利であること。アルコール度や種類で細かく税率が区別され増税が一律にできないこと。酒造元など零細企業への影響が大きいことなどが考えられる。税収に注目するとたばこ2兆2700億円(平成19年国税地方税合計)に対し酒税1兆4000億円(平成20年、内半分はビール税収)でここでもたばこはドル箱、税金は取りやすいところから取れ!の見本だ。
 怒れ!タバコ吸い。やめるか立ち上がるかだ!



1月号 「図書館」
 「図書館」によく行きます。筆者の町あきる野市では本の貸出期間は3週間まで、毎月1回は行く勘定です。その上、最新号の雑誌は館内閲覧で貸出し不可ですが、前月号雑誌とDVDは貸出が1週間となっていて、これらを借りた場合はもう少し頻繁に通います。貸出数はDVDが2点まで、本は無制限です。
 独身時に図書館を利用した記憶はありませんが、家庭を持ってからは近所の羽村図書館が最初、その後はより蔵書の多い、勤務地の昭島市民図書館や立川中央図書館を利用しました。五日市町(現あきる野市)に転居したのを期に再び地元の五日市図書館と同館増戸分室が中心になりましたが、現在は平成19年完成のあきる野市中央図書館がメインです。
 実は昭和59年の羽村図書館から始まる借りた本の記録があり、現在も続いています。借用日・書名・著者訳者・出版社・ページ数・価格が記入され、ところどころ読後感想に代わるA・B・Cの印が付きます。Cは駄作で読み始めか途中で投げたもの、Bはまずまず、Aは良書だったとのメモです。毎回4~8冊ほど借りても、読まずに返却するものがあったり、同じ本をまた借りたりで読書数は適当ですが、この間25年でDVDやCDも含めて2000冊ほどが記載されています。最初の記録は郵趣・宇宙天文・地理・冒険小説・ラジコンの本が記載され、時代を追って盆栽・カメラ・歴史・アウトドア・釣り・自転車・木工・篆刻・旅行・ヨット船舶・鉄道など趣味や関心の赴くまま雑多なジャンルが記録されています。本の購入も同傾向ですがこちらは現物が積み上げられて、記録なし。小説では冒険物・海洋物が好きで、古くはハモンド・イネス、デズモンド・バグリーからアリステア・マックリーン、ジャック・ヒギンズなど英国作家主体。SFではジェイムス・P・ホーガン、和物では井上ひさしがお気に入りです。 
 市には平成17年開館の東部図書館エルという図書館もあり、デザインと機能・サービスに優れているとのことでこのほど2009年の日本図書館協会建築賞を受賞しました。設計は最高裁判所や各地美術館設計の岡田新一氏。まだ行ったことがありませんがレパートリーに加えようと思います。図書館では新刊書のリクエストも歓迎され、すぐ購入、一番に借りられます。皆さんもご利用あれ!


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